成年被後見人であっても、一定の条件を満たせば遺言を作成することができます。しかし、その手続きには厳格な法的要件があり、事前の準備が結果を大きく左右します。本記事では、成年被後見人の遺言作成に必要な要件から、後見人の役割、トラブル防止策まで、実務上の重要ポイントを詳しく解説します。
遺言作成の法律上の要件(民法973条)
成年被後見人の遺言作成には、次の3つの要件をすべて満たすことが義務付けられています。一つでも欠けると、後の争訟で遺言の無効を主張されるリスクが高まります。
要件①:一時的な意識回復(能力の回復)
遺言を作成するためには、遺言の内容を理解し、その結果を認識できる意識状態にあることが前提条件です。成年被後見人であっても、一時的に判断能力が回復した状態であれば遺言を作成できます。
要件②:医師2名以上の立ち会い
遺言作成時には、利害関係のない医師2名以上の立ち会いが必須です。民法974条により、本人および受遺者、その配偶者、直系血族は立会人になることができません。利害関係のある医師を立ち会わせることはできない点に十分注意が必要です。
要件③:医師2名による署名・押印
立ち会った医師が遺言書に署名・押印することで、遺言作成時に本人が正常な意識状態にあったことを医学的に証明します。この署名・押印は、遺言の有効性を担保するうえで非常に重要な手続きです。
遺言作成時における後見人のスタンス
後見人が「やってはいけないこと」
後見人は、遺言作成において**意思決定の代行者になることは厳禁**です。具体的には以下の行為が禁止されます。
- 本人の遺言内容を誘導すること
- 特定の方向に決定を誘導すること
後見人が本人の決定に対して主導権を握る行為は、将来的な「遺言無効の原因」となります。
後見人が担うべき役割:事務局としてのサポート
後見人に求められるのは、本人の意思が純粋に反映されるための環境整備に徹することです。意思決定そのものに関与するのではなく、あくまで「サポート役(事務局)」として関わることが求められます。
具体的には、公証人や医師との調整役を担い、手続き全体を管理することが後見人の役割です。一線を引いたサポートを徹底することが、後のトラブル防止にもつながります。
後見人が遂行すべき3つのタスク
遺言作成を実現するために、後見人は実務上のコーディネーターとして以下の3つのタスクを確実に遂行する必要があります。
タスク①:公証人との事前調整
本人の現在の認知状態や健康状態を正確に伝え、遺言公正証書作成の可否について公証人に事前相談します。事前準備の質が成功の鍵を握ります。 当日になって問題が発覚しないよう、綿密な準備が不可欠です。
タスク②:医師の確保
遺言作成当日に立ち会いが必要となる医師2名を、事前に確実に手配します。当日になって医師が見つからないという事態は絶対に避けなければなりません。 早い段階から調整を始めることが重要です。
タスク③:証人の手配
遺言公正証書の作成には、原則として証人2名が必要です。ただし、成年後見人自身は証人になることができません。利害関係のない第三者を別途手配する必要があります。
後見人への遺贈に関する規定(民法966条)
原則:後見人への遺贈は無効
後見事務終了前に、以下の者の利益となる遺言は**原則として無効**とされています。
- 後見人本人の利益となる遺言
- 後見人の配偶者・直系卑属の利益となる遺言
これは、後見の立場を利用した不当な利益誘導(本人に有利な遺言の強要など)を防ぐための規定です。
例外:有効とされるケース
後見人が被後見人の以下の親族にあたる場合は、例外として規定の適用外となります。
- 配偶者
- 直系血族
- 兄弟姉妹
後見人と被後見人の関係性によって、遺贈の有効・無効が変わります。関係者は事前に必ず確認しておきましょう。
トラブル防止策:客観的な証拠を事前に確保する
遺言無効主張のリスクとは
民法966条などの要件をすべてクリアしたからといって、必ず遺言が有効になるわけではありません。遺言作成後に相続人らから「当時は意識が不明瞭だったのではないか」といった無効主張がなされるケースが散見されます。
防衛策①:遺言作成当日の動画記録
本人が落ち着いた様子で自らの意思を述べている映像は、後の争訟において強力な証拠能力を持ちます。遺言作成の場面を動画で記録しておくことは、「遺言者の意思は本物であった」ことを客観的に証明する有効な手段です。
防衛策②:作成直前の詳細な医師の診断書
医学的な観点から「遺言能力がある」と診断されている事実は、遺言の有効性を強く裏付けます。遺言作成の直前に詳細な診断書を取得しておくことが重要です。
まとめ:成年被後見人の遺言は「事前の段取り」が9割
成年被後見人の遺言作成は、法的な制約や必要な手続きが多く、非常に繊細な業務です。しかし、法的手順を遵守し、医師や公証人と連携しながら丁寧に進めることで、本人の「最期の願い」を法的な形にすることができます。
重要なのは、計画的な事前準備と関係者との綿密な連携です。適切な段取りを踏むことが、遺言を有効なものとして残すための最大の鍵となります。
手続きに不安や疑問がある場合は、一人で抱え込まず、相続や成年後見に精通した弁護士にご相談ください。
筆者プロフィール
弁護士 奥田 貫介
おくだ総合法律事務所 所長
司法修習50期 福岡県弁護士会所属
福岡県立修猷館高校卒
京都大学法学部卒
おくだ総合法律事務所
福岡市中央区大名2-4-19
福岡赤坂ビル601
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